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広島地方裁判所 昭和58年(行ウ)11号 判決 1990年7月20日

広島県安芸郡府中町宮の町一丁目二番一四号

原告

花岡正人

右訴訟代理人弁護士

高村是懿

山田延廣

右高村訴訟復代理人弁護士

吉本隆久

広島県安芸郡海田町一番一三号

被告

海田税務署長

朝長さつき

右指定代理人

大西嘉彦

下畠康宏

中本喜八郎

米田満

大里裕

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五七年三月一五日付けでした原告の昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の各所得税の総所得金額をそれぞれ金五〇八万七〇〇〇円、金六六三万円、金四三〇万七〇〇〇円とした各更正のうち金二六〇万円、金二五〇万円、金二九八万一〇七〇円を超える各部分並びに昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の各過少申告加算税をそれぞれ金二万〇一〇〇円、金三万八〇〇〇円、金一万〇一〇〇円とした各賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、三協調査の名称で試錐業を営んでいるが、法定申告期限までに原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税について確定申告したところ、被告は、昭和五七年三月一五日付けでこれに対し、各更正(以下「本件各更正」という。)及び各過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定」といい、右両者を併せて「本件処分」という。)をした。原告のした各確定申告、被告の本件処分、これに対する原告の異議申立及び審査請求とこれについての異議決定及び裁決の経緯は、別表一ないし三記載のとおりである。

2  本件各更正は、以下に述べるとおり違法であり、本件各賦課決定は、これを前提としてなされたものであるから、これも違法である。

(一) 質問検査権行使の違法性

(1) 事前通知の欠如

所得税法二三四条に規定された質問検査権の行使は、任意調査であるから、納税者の承諾を得て行使される必要があり、有効適切な質問検査権の行使のためには、少なくとも面会の日時、場所について合意する必要があることなどに照らし、質問検査権の行使については、納税者に対する事前通知が必要であり、これを欠く質問検査権の行使は、違法であるが、被告が本件各更正に先立って行った本件各係争年分の原告の所得税についての調査(以下「本件調査」という。)においては、被告の部下職員である調査官川崎等(以下「川崎」という。)は、事前の通知をしていない。

(2) 調査理由の不開示

質問検査権は、調査の客観的合理的必要性が存在して初めてその行使が許されるものであるが、質問検査権の行使は、納税者の同意を得てなされる任意調査であるから、納税者の同意を得る前提として、調査に当たっては、課税庁は、調査を開始すべき客観的合理的必要性の存在を納税者に明らかにしなくてはならないところ、川崎は、昭和五六年八月二八日から四回にわたり、原告宅に事前通知なしに赴いたが、調査理由らしきものを告げたのは四回目の九月一六日であって、その間何ら調査理由を告知していないばかりでなく、告知した調査理由は、調査の客観的必要性の要件を全く具備しないものであるから、質問検査権の行使は、調査理由の告知を欠く違法なものである。

(3) 調査の必要性の不存在

質問検査権の行使は、自主申告権に基づく申告納税方式の例外であるから、その要件である所得税法二三四条にいう「必要があるとき」とは、課税庁の主観的判断では足りず、調査を開始すべき客観的必要性を要するものである。したがって、申告がなされている場合には、申告に係る税額が、申告書及びこれに添付された資料の書面審査により、適正でないと判断し得る具体的かつ合理的な疑いのある場合においてのみ、右必要性が認められるべきであるところ、本件調査においては、その必要性を欠いていた。

(4) 反面調査の必要性の欠如

所得税法二三四条一項三号所定の反面調査は、納税者の社会的信用を毀損し、営業の自由、財産権の自由を侵害する危険性が極めて大きく、また、質問検査権の行使に当たっては、憲法三一条に基づく弁解、防御の機会が納税者に保障されるべきであるから、まず納税者を調査すべきであり、質問検査権は、第一次的には、所得税法二三四条一項一号所定の調査対象者に対して見せ掛けでなく、真摯に行使し、それでもなお調査目的を達し得ないときにはじめて反面調査をなしうるものと解すべきである。

ところが、川崎は、原告が試錐業を営んでおり、不在がちであることを熟知しながら、昭和五六年八月二八日から同年九月一六日までの短期間のうちに事前通知なしに突然原告宅をわずか四回訪問したのみで、原告が不在で面接できないと知るや、直ちに反面調査をしたものであり、原告に対する質問検査は、見せ掛けであって真摯になされたものではないから、被告のした反面調査は、要件を欠く違法なものである。

(5) 課税庁が調査により実際の所得金額と申告書記載の所得金額とが異なると判断し更正をする場合において、右調査は、何らの制限もないのではなく、一定の要件の下になされなければならないのであって、右要件が前記適正な質問検査権の行使にほかならない。

また、税務署長が、行う更正処分は、国民の財産権に重大な侵害を及ぼすものであるから、更正の前提である税務調査においても憲法三一条に規定する適正手続の保障が確保されなければならず、その点からも適正な質問検査権の行使が要請される。

このような適正な手続を経ないでなされた更正処分は、その内容を吟味するまでもなく、違法となる。本件各更正は、その前提となる質問検査権の行使に右に述べた違法があるから、違法な調査に基づいてなされたものとして、その内容を吟味するまでもなく、違法というべきである。

(二) 推計課税の必要性及び合理性の欠如

本件各更正には、推計の必要性もないのに、合理性を欠いた推計により原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、(1)は、被告が本件調査をしたことは認め、その余は争い、(2)は、川崎が原告宅に赴いたことは認め、その余は争い、(3)の主張は争い、(4)は被告が反面調査をしたことは認め、その余は争い、(5)の主張は争う。

3  同2の(二)は争う。

4  同3は争う。

三  被告の主張

1  本件調査の適法性

(一) 調査及び質問検査の必要性

税務署長は、適正、公平な課税の実現のため、納税者から提出された申告書の内容が正しいかどうかを確認するためにも調査をすることができると解すべきであり、具体的事実により申告内容が過少であるとの心証が得られたときでなければ質問検査権の行使(税務調査)ができないというものではない。

被告は、原告から提出された本件各係争年分の所得税確定申告書に記載されている事業所得金額が正しいかどうかを確認するため、本件調査を行ったのであり、調査の必要性があったものである。

(二) 調査理由の告知

本件調査を担当した川崎は、原告宅に赴き、原告が確定申告した所得金額が正しいかどうか確認するために調査をする旨告げ、更に、(1)原告が昭和五二年に建売住宅を取得していること、(2)長期間調査をしていないこと、(3)原告の確定申告書には所得金額の算出の根拠となった収入金額及び必要経費の額の記載がなく、申告額の基になる明細が分からないこと等の具体的な調査理由を示して調査を行ったものであり、正当な質問検査権の行使である。

(三) 反面調査の必要性

反面調査を行うかどうか、その時期等については、社会通念上相当な程度にとどまる限り、調査を行う税務職員の合理的な選択に委ねられているのであって、納税者本人に対する調査だけでは究明できないことが明らかな場合に、その必要な限度で補充的に許されるというものではない。

本件調査における反面調査は、原告が後記2のとおり調査に全く協力しなかったために行ったものであり、その調査手続には何らの違法もない。

2  推計の必要性

被告は、原告から提出された本件各係争年分の所得税確定申告書に記載されている事業所得金額が正しいかどうかを確認するため、昭和五六年八月二八日から川崎をして再三原告方へ赴かせ、実地に調査を行わせた。

しかるに、原告は、川崎が実額調査を行うべく、再三にわたって行った面接日時の連絡要請並びに事業所得に関して収支計算のできる帳簿書類等の提示要請に全く応じないなど、調査に協力しなかった。そのため被告は、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を実額によって計算することができなかった。

そこで、被告は、やむを得ず原告の収入金額に係る取引先等について原告との取引金額を、必要経費については実額で把握することができなかったため原告と業種業態、事業規模等の類似する同業者の事業所得等をそれぞれ可能な限り調査した上、その調査結果に基づいて推計により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算定し、国税通則法二四条及び六五条に基づき本件各更正及び各賦課決定をしたものである。

所得税の課税標準となる所得金額の計算については、納税者が帳簿書類等によって収入及び支出を明らかにし、調査に対し誠実に協力して初めて可能であるところ、被告は、右のような状況の下では原告の所得金額を実額で計算することはできないと判断して、やむを得ず原告の所得金額を推計により算出したものであって、他に合理的な方法がない以上、本件各更正は適法である。

3  事業所得金額の算出根拠

原告の本件各係争年分の事業所得の金額及びその算出根拠は、別表四記載のとおりである。右事業所得の金額は、次の方法により収入金額を基礎として推計により算出したものであって、本件各更正に係る事業所得の金額は、いずれも右算出金額の範囲内にあるから、本件各更正及び各賦課決定はすべて適法である。

(一) 収入金額

本件各係争年分の収入金額の内訳は、別表五記載のとおりである。

(二) 類似同業者の平均所得率

平均所得率は、別表六ないし八に記載のとおり、同業者二名の収入金額、算出所得金額により求めたところの「<3>算出所得率」欄の所得率を算術平均し、小数点二位以下を切り捨てたものである。

(三) 算出所得金額

右(一)に右(二)を乗じて算出した金額である。

(四) 別途控除した地代家賃の額

地代家賃の額の内訳は、別表九記載のとおりである。

(五) 事業所得の金額

右(三)の金額から右(四)の金額を控除した金額である。

4  推計の合理性

(一) 別表六ないし八記載の類似同業者二名は、原告の所轄税務署である海田税務署及びその近隣の広島東、広島西、広島南、広島北、呉及び西条の各税務署管内に所在する者のうち、次の抽出基準のすべてに該当する者すべてを選定したものであり、本件各係争年分を通じて同一の業者である。

(1) 本件各係争年分を通じて下請により試錐業(地質調査業)を営む個人(所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者に限る。)又は法人であること。ただし、次の(ア)又は(イ)に該当する者を除く。

(ア) 本件各係争年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した者

(イ) 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立中又は訴訟提起中の者

(2) 本件各係争年分の収入金額が原告の本件各係争年分に係る収入金額の二分の一以上二倍以内であること。

(3) 本件各係争年分を通じて、従業員が三人ないし六人であること。

(4) 本件各係争年分を通じて、試錐機及び車両をそれぞれ三台ないし五台所有していること。

(二) 右基準により選定した類似同業者は、本件各係争年分を通じてA、Bの二業者であり、これら類似同業者の各年分の確定申告書に基づいて別表六ないし八記載のとおり、それぞれ各年分の平均所得率を算定したものである。

(三) 原告は、以下に述べるとおり、地質調査業の下請業者である。

すなわち、掘削などのいわゆるボーリング工事を行っている事業は、建設業のうちの設備工事業とされる「さく井工事業」と、建設業の範疇に入らず、専門サービス業のうちの土木建築サービス業とされる「地質調査業」とに分類され、両者は、分類上明らかに業種を異にする。

ボーリング工事を伴う「地質調査業」の一連の作業パターンは、地質調査の作業現場において行われるボーリング、原位置試験及び試料採取の各作業(以下「現場各調査」という。)と、検査事務所などにおいて行われる試料試験(土質試験)、解析、判定及び報告書の作成(以下「検査報告等」という。)の各作業とに区分できる。

原告は、地質調査を行う業者の下請業者として現場各調査を行っていたものであり、原告のボーリング作業は、地質調査業の一環としてなされるものである。

(四) 右(一)の基準で選定した類似同業者は、原告と業種、業態、事業規模等が類似している者のすべてであって、類似同業者の抽出過程に何ら恣意性はなく、その選定には合理性がある。

なお、本件各更正においては、三件の類似同業者が選定されていたが、異議決定においては、右A、B二件とされ、一件が除かれているが、これは、原告が本件各係争年分を通じて地質調査業を営む者であるのに対し、右除外された一件の業者が、主として、昭和五三年及び昭和五四年は、「さく井工事」を、昭和五五年は「薬液注入、アースアンカ、BH工法基礎杭工事」を行っており、本件各係争年分を通じての「地質調査」は全工事量の一〇パーセントしかなく、その業種、業態が原告のそれと異なるものであることが判明したからであり、そこには何ら恣意性はない。

また、類似同業者の比率によって推計課税を行う場合の類似同業者は、その納税者の所得金額等を推計しようとする年分において合理的な基準によって抽出されたものであれば足りるのであって、異なる年分を通じて当該納税者の類似同業者が同一でなければならない理由は全くない。したがって、被告のなした原告の昭和五九年分から昭和六一年分までの各年分(以下「後年分」という。)の所得税の各更正に係る異議決定において六名の類似同業者が選定されたとしても、右異議決定は、本件各係争年分とは四年以上年分を異にする後年分に係るものであって、このように大きく年分が異なれば業種、業態を同じくする業者の数が異なるのは当然であり、本件各係争年分に係る類似同業者と後年分に係る類似同業者とが相違することも当然であるから原告の後年分の所得税に係る異議決定は、本件各更正とは何ら関係がないのであって、右相違することをもって、A、B二業者の選定に合理性がないものということはできない。

(五) そして、同業者の平均値による推計の場合には、同業者間に通常存する程度の営業条件の差異は、右平均値の中に捨象し得るものというべきであるし、推計課税は、あくまでも近似値による推計を行うのであるから、この近似値としての推計を不合理ならしめる程度に特殊と認められる事情が存在しない限り斟酌することを要しないものであるところ、原告の行う地質調査の現場が海上の割合が多いとしても、このような事情は、原告のみに存在する事柄ではなく、原告の特殊事情とはいえない。

また、本件における類似同業者の所得率の差(類似同業者間又は同一の同業者の年度間)は、建設関連業者の所得率の一般的傾向からすれば、類似同業者として不合理とされる事由とはなり得ないものであるし、推計に用いられている所得率は、類似同業者AとBの平均値であるから、各比率における個別事情は、当該平均値の中に捨象されている。

したがって、被告が類似同業者A、Bによる平均的な所得率に基づき行った推計課税が不合理とされる理由は全くない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

2  同2のうち、昭和五六年八月頃、川崎が原告方に赴いたこと、連絡要請及び帳簿の提示要請があったこと、被告が原告の取引先等について調査し、推計により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算定した上、本件各更正及び各賦課決定をしたことは認め、その余は争う。

本件においては、次に述べるとおり、推計課税の必要性は存在しなかった。

(一) 実額更正が可能であったこと。

更正をする場合においては、実額更正が原則であり、これができない場合に限り、推計により更正又は決定をすることが認められているのであって、推計課税は、実額課税により得ない推計の必要性が存する場合に限って許される。しかるに、本件においては、次に述べるとおり、実額更正が可能であり、推計の必要性が存しなかった。

すなわち、原告の収入金額については、被告において取引金融機関を通じて調査を行っており、この収入金額から控除されるべき必要経費の額についても、昭和五三年分は、証拠書類はないとしても、昭和五四年分及び昭和五五年分から推定することができる。また、外注費についても、品川十周一(以下「品川」という。)に交付したものが大部分を占めているのであるから、同人の申告所得を調査すれば、容易に明らかにしえたはずである。

以上から、本件各更正は、原告の収入、経費の実額の把握(一部は推計)が可能であったにもかかわらず、推計によりなされたものであり、違法である。

(二) 他事考慮

推計の必要性は、適正な調査の結果に基づいて判断されるべきものであって、調査の手続に違法がある場合には、そもそも推計の必要性は認められないところ、被告は、原告が民主商工会(以下「民商」という。)の会員であるところから、その活動を抑え、団結力を弱体化させようとして、最初から更正処分を行う意図で、前記のとおり違法な質問検査権を行使して推計による更正処分に及んだものであるから、本件各更正は、推計の必要性が認められないにもかかわらず、推計によりなされたものとして違法である。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

被告の行った同業者比率による推計には、次に述べるとおり合理性がない。

(一) 類似同業者抽出基準の不合理性

被告の選定した類似同業者Aは赤草ボーリング工業株式会社(以下「赤草」という。)、同じくBは有限会社信廣(以下「信廣」という。)である。これら二業者は、以下のとおり原告と類似性がなく、右業者を類似同業者として抽出したのは不合理である。

(1) 業種・業態の相違

赤草及び信廣は、地質調査業務を主として行っている業者であるのに対し、原告は下請業者であり、かつさく井工事しか行っておらず、業種、業態が異なっており、類似同業者の抽出が不合理である。

試錐業には、単に穴を掘るだけの「さく井業」とこれを基に調査解析して報告書の作成までを行う「地質調査業」とがある。原告は、さく井業者であり、ボーリングを行って土質のサンプルを採取したり、現場の地層の記録を作成するだけで、調査報告書の作成は元請会社が行っている。これに対し、赤草は、ボーリングのみならずこれらサンプルを解析して報告書の作成までを行う地質調査業者である。このように、業種の異なる業者では所得金額、所得率に大きな相違が存し、比較に適しないにもかかわらず、被告は、類似同業者を選定するに際し、原告の業種を試錐業であると特定し、この中から赤草と信廣を選定した。

さらに、原告は、下請であるのに対し、赤草は、元請業務が主であり、伸廣も元請であること、原告は、海上でのボーリングが中心であるのに対し、他の二業者は、陸上のボーリングが主であること、原告は、品川との共同経営で、収入を同人と均等に分配していたことなど、業態が大きく相違しており、比較することは不合理である。

殊に、海上での作業においては、用船料という余分の費用がかかる上、天候に左右されて作業実施が不可能となることがあり、その間の用船料、人夫賃など多額の経費がかかり、利益率が陸上の作業の場合に比して低くなるため、赤草、信廣のような陸上の業者は、比準業者として適当でない。

(2) 個人と法人の相違

原告は、個人業者であるのに対し、赤草及び信廣は法人であって、両者の経費率などに相違があり、比較するには不適当である。

(3) 事業者が近接していないこと。

原告は、海田税務署管内の業者であるところ、赤草は、広島西税務署管内、信廣は、広島北税務署管内の業者であって、近郊とはいえ、異なった税務署管内から抽出されている。しかし、原告の近辺にも多数の同業者が存在するのであるから、わざわざ他の税務署管内から抽出する必要性は存しなかった。

(4) 営業規模の相違

原告は、当時、常雇の従業員はおらず、ときどき弟が手伝ったり、アルバイトを雇ったりして業務を行っていたのに対し、赤草は、家族従業員の外に常勤の従業員が一、二名勤務していた。また、赤草は、七台もの試錐機を所有し、五、六〇坪の敷地に三階建のビルを所有している地元の中堅業者であり、信廣も六、七〇坪の敷地に三階建ビルを所有しているのに対し、原告は、試錐機を三台しか所有しておらず、事業所も敷地二一・五坪の一部二階建の自宅を兼用しているにすぎない上、多額の負債を負っていた。このように、原告と他の二業者とは経営規模においても大きな相違があった。

(二) 抽出過程の不合理性

被告は、赤草と、信廣を類似同業者として選定しているが、類似同業者は、原告の近辺に多数存在しているのに右二業者のみを選定した点、本件各更正に当たり、当初は、類似同業者として右二業者以外にC業者も選定していたにもかかわらず、途中で根拠もなくこの業者を除外して推計を行っている点に不合理があり、類似同業者をA、B二業者に限定した理由が明らかでなく、その抽出過程が不合理である。

(三) 選定件数の不合理性

類似同業者の選定件数が少ない場合、比率に偶然性が介入しやすくなり、その数値に合理性が認められなくなる。もっとも、極めて稀な業種で、類似同業者が極めて小数である場合、類似同業者が限定されることもやむを得ないが、原告の業種である「さく井業」は、広島市内近辺でも多数存在し、A、B二業者に限定すべき事情はない。

被告は、昭和六三年三月一四日原告に対し昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税につき、再度推計による更正処分(以下「後年分の更正処分」という。)を行ったが、右更正処分においては、一転して類似同業者として六業者を選定している。加えて、この六業者の中には、本件各更正における類似同業者である赤草、信廣は含まれていない。このことは、類似同業者として適した業者が他に多数存在することの証左であり、本件各更正において赤草、信廣の二業者のみを選定したことが不合理であったことを物語るものである。

なお、特殊技術を要するボーリング業という業種の特殊性からして、簡単に開業できるものではなく、後年分の更正処分時において、本件各更正時と比べ、広島市近辺のボーリング業者の数が殆ど変化していないことを考えると、後年分の更正処分の際に業者数が変動していたということはありえず、本件各更正時にも、A、B以外に多数の類似同業者が存在していたことが明らかである。

(四) 比準内容の不合理性

類似同業者間の数値に偏差があって、それが著しい場合には、客観的な数値は得られず、それを基準とした推計も合理性が失われる。

本件各更正においても、A、B業者間及び各年度間において所得率にばらつきがあり、客観的な数値とは認められない。特に、Bについては、昭和五四年分の所得率は、三二・〇九パーセントと高率であるにもかかわらず、昭和五五年分のそれは、一八・三七パーセントと前年度の約半分に減少している。Aの所得率の推移に比しても、Bの昭和五四年分の所得率の上昇は異常であって、右業者に何らかの個人的事情があったことが窺える。にもかかわらず、被告は、この偏差の原因について何ら調査しようとせず、漫然と右数値を基準に所得率を算出したものであって、右所得率による推計は不合理である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分の存在及び課税経緯)は当事者間に争いがない。

そこで、本件各更正の適法性について判断する。

二  本件調査手続(質問検査権行使)の適法性について

原告は、請求原因2の(一)のとおり本件調査における質問検査権行使の違法性を主張する。しかし、税務調査は、課税庁が課税標準及び税額等を認定するに当たり、その資料を収集するための手続であるというにとどまり、それ自体が客観的な課税要件ではないから、右調査手続が違法であるからといって、そのことのみで課税処分が違法になるとはいえない。また、課税処分取消訴訟は、客観的に所得の有無、額を争うものであるから、違法な調査手続によって収集された資料に基づいて課税処分がなされたとしても、右課税処分が客観的な所得に一致する限りにおいては適法であって、右資料が違法な調査手続によって収集されたからといって、直ちにこれに基づく課税処分に取り消すべき瑕疵があるとはいえない。ただ、右調査手続の違法性の程度が刑罰法令に触れたり、公序良俗に反する程度に至ったような場合には、これによって収集された資料を課税処分の資料として用いることは許されず、その結果として当該処分を維持することができず、処分が違法として取り消されることがあるにとどまるものと解するのが相当である。

したがって、原告の本件調査における質問検査権行使に関する違法性の主張は、主張のとおり調査手続が違法であるとしても、このことから直ちに本件各更正及び各賦課決定が違法性を帯びることにはならないし、原告が主張する質問検査権行使の違法性の程度では、まだ本件調査をもって刑罰法令に抵触するとか、公序良俗に違反すると評価するには足りないから、主張自体失当というべきである。

なお、本件調査手続には何ら違法な点は認められず、これが適法であることは、後記三で説示するとおりである。

三  推計の必要性について

1  昭和五六年八月ころ川崎が原告方に赴いたこと、連絡要請及び帳簿の提示要請があったこと、被告が原告の取引先等について調査し、推計により原告の所得金額を算定した上、本件各更正及び各賦課決定をしたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いがない乙第二〇号証の一ないし三、証人川崎等の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、次のとおり認められる。

(一)  原告が提出した本件各係争年分の所得税確定申告書には、所得金額の記載があるだけで、収入金額や必要経費等の記載が全くなく、収支明細書その他右所得金額を裏付けるに足りる帳簿、伝票類の添付もなされておらず、原告についての税歴調査によると、原告が昭和五二年に建売住宅を取得している事実があり、また、原告については、昭和五三年以降調査を実施していなかったことから、被告は、原告の右申告所得金額が適正に算出されたものであるかどうか確認するため税務調査をする必要があると判断した。

(二)  そこで、川崎は、昭和五六年八月二八日調査のため、原告方に赴いた。川崎は、原告が民商の会員であることを知っており、過去の税務調査の経験に照らし、同会員の調査の場合、調査の日時を事前に通知すると、調査に第三者が立ち会い、調査に支障を来すおそれがあるものと判断し、原告に対し、右訪問の日時を事前に連絡していなかった。右訪問の際、原告が留守であったので、原告の妻に対し、税務調査に来た旨来意を告げた上、原告の仕事の内容について質問し、帳簿を見せてほしいと言ったが、妻は、帳簿については分らないと述べたので、川崎は、帳簿を民商に預けてあるのであれば持ち帰って、見せてほしい旨及び調査の日時につき原告の都合の良い日を知らせてほしい旨伝えて辞去した。

(三)  しかし、その後、原告から何の連絡もなく、川崎は、同年九月一日再度原告方を訪問したが、原告は、不在であり、妻に帳簿類の提出を求めたが、妻は、帳簿類はないと言ってその提出に応じなかった。そこで、川崎は、翌朝再度原告方を訪問するので、それまでに原告から川崎に連絡することと帳簿類提出の準備を依頼して帰署した。

(四)  しかし、原告からは依然として連絡がなく、川崎は、翌二日、原告方を訪問したが、原告は、不在であり、応対した妻は、原告は、既に申告しており、それで十分ではないかと言って、帳簿類の提出をしなかったので、川崎は、原告が所得金額を適正に申告しているかどうか確認するため、調査の必要があり、原告から帳簿類の提出がなければ、税務署が独自に調査に着手する旨告げ、原告から川崎に都合の良い日を必ず連絡するように依頼した。

(五)  その後、原告から全く連絡がなく、川崎は、同月一六日原告方に赴いたが、原告は、留守であり、妻がその場で広島民主商工会事務所に架電し、同会事務員が電話で川崎に原告方訪問の目的を明らかにするよう要求したので、同人は、所得調査のために訪問していること、調査の具体的理由として、原告が昭和五二年に建売住宅を取得していること、長期間調査をしていないこと、申告額の基になる明細がわからないことを告げた。右電話でのやり取りの後、川崎は、妻に帳簿を民商に預けているのであれば、持ち帰って提出することと原告から連絡することを依頼して帰署した。

(六)  しかし、その後、原告から何の連絡もなく、また帳簿類の提出もなされず、調査について協力が得られなかったため、やむを得ず、川崎は、統括調査官の指示に基づき、原告の収入金額について、原告の取引銀行及び取引先に対する反面調査を実施し、必要経費については、実額を把握できなかったので、同業者を選定して推計により算出し、これに基づき本件各係争年分の原告の所得金額を算出した。川崎は、昭和五七年三月一〇日原告の取引先で原告に会い、右算出に係る所得額を示して修正申告するよう説得したが、原告がこれに応じなかったので、被告は、本件各更正及び各賦課決定をした。

2  所得税法二三四条一項に定める「調査について必要があるとき」とは、権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、当事者の申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみ、調査の客観的な必要性があると判断される場合をいい、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から存しない場合でも、申告の適否すなわち申告の真実性、正確性を確認する必要が存する場合も含むものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記1認定の事実によれば、原告の提出した本件各係争年分の確定申告書には、所得金額の記載があるのみで、収入金額や必要経費の記載がなく、収支明細書その他右所得金額を裏付けるに足りる帳簿、伝票等も添付されていなかったので、所得金額の算出根拠が全く不明であり、原告については、昭和五三年分以降の所得税について調査を実施していなかったのであるから、被告が本件調査当時原告の申告の適否を確認する必要があると認め、質問検査権を行使する必要性があると判断したのは相当であるというべきである。

3  そして、質問検査権を行使する場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択に委ねたものと解するのが相当である。そして、この場合、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知などは、質問検査を行う上での要件とされているものではないから、これらの点は、税務職員の合理的選択に委ねられていると解される。したがって、川崎が調査の事前通知をしなかったからといって社会的相当性を欠くものとはいえないし、また、調査理由の告知の欠如をもって調査が違法であるとはいえないばかりでなく、川崎は、原告方に赴いた際、前記のとおり調査の理由を告げているのであって、その点において調査が違法であったものとは到底認められない。

次に、被告が反面調査を実施したことは前記のとおりであるが、反面調査は、質問検査の一態様であり、実定法上、反面調査の実施時期等を定めた規定はなく、その実施については、社会通念上相当な程度にとどまる限り税務職員の合理的判断に委ねられていると解されるのであって、反面調査を他の調査の場合より特に厳格に解すべき理由はないから、原告が主張するように、納税者に対する質問検査をまず実施し、それによっては調査の目的を達し得ない場合に限って反面調査が可能であるということはできない。そして、被告は、前記認定のとおり、原告に対する質問検査によっては、原告の所得の実額を把握することができなかったため、やむなく、反面調査を実施するに至ったのであって、右反面調査には何ら違法は認められない。

4  以上によれば、本件調査手続には、何ら違法はないところ、被告の部下職員は、本件調査において原告に帳簿類の提示を求めたが、提示がなく、やむなく反面調査を実施したが、結局所得の実額を把握することができなかったものであるから、推計の必要性があったものと認められる。

5  原告は、必要経費の額は、昭和五三年分は昭和五四年分及び昭和五五年分から推定することができ、外注費についても品川に係るものが大部分を占めているから、同人に対する所得調査により容易に明らかにできたはずであって、実額による所得金額の計算が可能であると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第一五号証、乙第一号証及び証人角田訓次の証言を総合すれば、原告は、広島国税不服審判所の審査請求において実額計算による所得金額を主張し、本件各係争年分の確定決算書及び同決算書の基礎資料として昭和五四年分、昭和五五年分の請求書、領収証等の証拠資料を提出したこと、原告は、同審判所の調査に対し、本件各係争年分の事業に関する帳簿書類は作成していなかったと述べていること、原告が主張した必要経費の額のうち、昭和五三年分二四〇二万〇九九二円については、証拠資料の提示が全くなく、昭和五四年分三〇一一万〇〇〇九円、昭和五五年分二五八一万二八二七円のうち支出及び計算根拠を裏付ける証拠資料のないものが、昭和五四年分について三四パーセント(一〇二六万六四〇二円、そのうち外注費科目のものが四三一万二六五二円、)、昭和五五年分について二五・二パーセント(六五二万三七五〇円、そのうち外注費科目のものが四三三万円)を占めていたこと、原告は、右外注費は、品川の申立てにより計算したものであると述べていたが、品川は、外注費に関する資料は一切保存しておらず、かつ記帳も一切していなかったと述べていたことが認められる。右によれば、原告が主張する必要経費の額の当否を証拠資料によって検討することができず、いずれの年分とも必要経費について実額計算を行うことは不可能であったものと認められるから、原告の右主張は採用しない。

6  さらに、原告は、本件調査及び処分は、民商の活動を抑えることを目的としたものであると主張するところ、原告が民商の会員であることは原告本人尋問の結果(第一回)により認めることができるが、本件調査及び処分が、原告の本件各係争年分の所得を正確に把握して、原告の負うべき租税額を確定するという本来の目的を離れて右主張のような意図に出たものであることは、これを認めるに足りる証拠がない。

四  事業所得の金額について

原告が本件各係争年当時、試錐業を営んでいたことは当事者間に争いがないところ、被告は、原告の事業所得金額認定の方法として、原告の取引先等を調査して本件各係争年分の収入金額を実額により把握し、次に、右金額に類似同業者の平均所得率を乗じて原告の算出所得金額を推定し、これから特別経費を控除して、本件各係争年分の事業所得金額を算出するという方法を主張している。以下、この点の当否について検討する。

1  収入金額

証人角田訓次の証言により真正に成立したものと認められる乙第二、第七、第一三号証、証人川崎等、同角田訓次の各証言によると、原告の取引銀行や取引先(原告に対する発注業者)に対する反面調査の結果により、原告の本件各係争年分の収入金額は、別表五記載のとおりであることが認められる。

2  平均所得率

証人角田訓次の証言により真正に成立したものと認められる乙第三ないし第六、第八ないし第一二、第一四ないし第一六号証、証人川崎等、同角田訓次の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、次のとおり認められる。

(一)  原告は、本件各係争年当時、海田税務署管内にある自宅に事務所を置き、試錐機三台及び自動車四台を所有し、従業員を五名雇って下請により試錐業を営んでいた。

(二)  そこで、被告は、海田税務署のほか、近接の広島東、広島西、広島北、呉及び西条の各税務署管内に所在する者のうち、次の基準のすべてに該当する者すべてを選定したところ、本件各係争年分を通じて、広島西税務署管内のA及び可部(現広島北)税務署管内のBの二業者(以下「A」、「B」という。)が得られた。

(1) 本件各係争年を通じて下請により試錐業(地質調査業)を営む個人(所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者に限る。)又は法人であって、本件各係争年の中途において開廃業、休業又は業態の変更がなく、かつ更正処分又は決定処分が行われて不服申立中又は訴訟提起中でない者

(2) 本件各係争年分の収入金額が原告の本件各係争年分に係る収入金額の二分の一以上二倍以内であること。

(3) 本件各係争年を通じて従業員が三人ないし六人であること。

(4) 本件各係争年を通じて試錐機及び車両をそれぞれ三台ないし五台所有していること。

(三)  A、Bの課税事績(ただし、Aは、昭和五五年三月に法人になり、Bは、法人であるから、その分については個人換算をしたもの)に基づき、A、Bの本件各係争年分の収入金額、算出所得金額(収入金額から経費を控除したもの)及び算出所得率(算出所得金額を収入金額で除したもの)を算出すると、別表六ないし八記載のとおりであり、平均算出所得率は、昭和五三年分が二三・七パーセント、昭和五四年分が二七・二パーセント、昭和五五年分が一八・三パーセントとなる。

3  推計の合理性

右2認定の事実によれば、右業者の選定基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の各点において同業者の類似性を判別する基準として合理的であり、右選定基準により業者を抽出するに当たって、被告の恣意が介入するおそれも認められず、また、右各業者は、年間を通じて青色申告書により確定申告をしている業者であり、その申告が確定していることから、右業者の所得率算出の根拠となる資料は、正確性の高いものと考えられる。したがって、右業者の算出所得率の平均値により原告の所得額を推計することは、右推計を不合理ならしめる特段の事情の認められない限り、合理性を有するということができる。

しかるに、原告は、右推計は、不合理であるとして、種々主張するので、以下検討する。

(一)  業種について

原告は、試錐業には、単に穴を掘る(ボーリング)だけの「さく井業」とこれを基に調査、解析して報告書の作成までを行う「地質調査業」とに区分されるところ、原告は、さく井業者であって、地質調査業者とは業種を異にすると主張する。

(1) 成立に争いのない乙第二六号証によれば、行政管理庁編「日本標準産業分類」においては、掘削などのいわゆるボーリング工事を行っている事業は、建設業のうちの設備工事業とされる「さく井工事業」と、建設業の範疇に入らず、専門サービス業のうちの土木建築サービス業とされる「地質調査業」とに分類されていることが認められる。そして、建設業のうち設備工事業とされる「さく井工事業」は、当該業務の対象である「さく井工事」の内容が、昭和四七年三月八日建設省告示第三五〇号(最終改正同六〇年一〇月一四日建設省告示第一三六八号)により建設業法二条一項の別表の上欄に掲げる建設工事の一種として、「さく井機械等を用いてさく孔、さく井行う工事又はこれらの工事に伴う揚水設備設置等を行う工事」と規定され、さらに、昭和四七年三月一八日建設省計建発第四六号(最終改正昭和六〇年一〇月一四日建設省計建発第一六四号)をもって、その具体的な例として「さく井工事、観測井工事、還元井工事、温泉掘削工事、井戸築造工事、さく孔工事、石油掘削工事、天然ガス掘削工事、揚水設備工事」が示されている。

次に、専門サービス業のうち土木建築サービス業とされる「地質調査業」については、地質調査業者登録規程(昭和五二年四月一五日建設省告示第七一八号(最終改正昭和六〇年八月二六日建設省告示第一一六七号)、以下「登録規程」という。)に規定されており、その二条によれば、地質調査業者とは「地質又は土質について調査し、及び計測し、並びに解析、及び判定することにより、土木建築に関する工事の設計若しくは監理又は土木建築に関する工事に関する調査、企画、立案若しくは助言に必要な地質又は土質に関する資料の提供及びこれに付随する業務を行うこと(以下「地質調査」という。)を請け負い、又は受託する営業を営む者をいう。」と定義されている。

(2) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一七号証、成立に争いのない乙第一九号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、地質調査の一般的な手法及び作業工程と地質調査業における元請、下請の区別との関係について、以下のとおり認められる。

ボーリング工事を伴う「地質調査業」の一連の作業パターンは、地質調査の作業現場において行われるボーリング、原位置試験及び試料採取の各作業(以下「現場各調査」という。)と、検査事務所などにおいて行われる試料試験(土質試験)、解析、判定及び報告書の作成(以下「検査報告等」という。)の各作業とに区分される。このうち、原位置試験とは、ボーリングしたその場所においてその地質を調査するために、そのボーリング孔あるいはボーリング自体を利用して行うものをいい、その中でも最も一般的なものは、標準貫入試験であり、その地盤又は地質の原位置における土の硬軟あるいは締まり具合の相対的指数であるN値の測定と土の代表的試料の採取を目的とするものである。土木、建築工事の施主あるいは施工者等が地質調査を発注する場合は、そのほとんどが登録規程三条一号に規定する有資格者(以下「技術士等」という。)を抱える地質調査業者に発注され、これら技術士等を擁する業者は、元請業者として、現場各調査を下請業者に行わせるのが通例である。この場合、下請業者は、主としてボーリング機械を使用して現場各調査の作業を行ってその結果を元請業者に報告する。右報告の方法としては、標準貫入試験結果や調査地点の地盤の層区分及び土質、地質に関する情報並びに調査方法、使用機械機器などの情報をボーリング孔ごとに整理した柱状図に取りまとめて提出することが多いが、現場各調査の時に調査結果を記帳した野帳をそのまま提出したり、元請業者の定めた報告書に取りまとめて提出することもある。元請業者は、右調査結果に基づいて解析、判定を行い、報告書を作成して検査報告等を付加して発注者に報告する。

(3) 前掲乙第一、第一七号証、成立に争いのない乙第二一号証の一、二、及び原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、本件各係争年における原告の受注先の業者は、別表五の「取引先欄」記載の明伸建設コンサルタント株式会社(以下「明伸」という。)外の業者であって、右にいう元請業者として地質調査業を営む者であること、原告は、昭和四一年一二月八日以降社団法人全国地質調査業協会連合会に地質調査技士として登録されていること、原告は、右各業者から現場各調査の作業を受注(下請)し、主として標準貫入試験を行って、調査結果を記入した野帳及び採取した試料を提出し、場合によっては柱状図を作成して提出していたこと、原告は、標準貫入試験以外にも現場透水試験、ベーン試験等の各種試験を請け負っていたこと、明伸は、本件各係争年を通じて原告の最大の受注先であるが、明伸は、原告の地質調査能力を高く評価していたことが認められる。

(4) 以上検討したところによれば、原告の行うボーリング作業は、前記「さく井工事」としてなされるのではなく地質調査の一環としてなされるものであって、原告は、下請の地質調査業者であると認めるのが相当である。

原告は、掘ったサンプルを解析して報告書の作成までを行うのが地質調査業であると主張するが、前掲乙第一九号証、成立に争いのない乙第二七号証及び弁論の全趣旨を総合すると、掘ったサンプルを解析するという作業は、前述の「試料試験」に当たり、この試料試験は、「土質試験」とも呼ばれていること、この土質試験を行うためには、土質試験室を完備し、圧密試験機、せん断試験装置、一軸圧縮装置、自動突固め機等を備えるとともに、土質・地質工学に関する高度の知識が必要とされること、土質試験を行うことのできる地質調査業者は、通常、土質・地質工学についての専門的知識を持つ技術士等を控える登録業者に限られ、したがって、その多くは地質調査業の元請業者であって、下請業者はほとんどいないことが認められる。

そして、証人角田訓次の証言により真正に成立したものと認められる乙第四、第六、第九、第一一、第一五、第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告もA、Bもいずれも土質試験の設備を有しておらず、土質試験を行うことのできる地質調査業者ではないことが認められる。

よって、原告が地質調査業者でないことを理由にA、Bと業種を異にする旨の原告の主張は採用の限りでない。

(二)  業態について

(1) 下請と元請の相違等について

原告は、原告は下請業者であるのに対し、A、Bはいずれも元請業者であり、経費率が相違すると主張するが、A、Bは、原告と同じく下請により地質調査業を営む業者として抽出されたものであることは、前記認定のとおりであるから、原告とA、Bとが受注形態の点において業態を異にするものということはできない。

また、原告は、A、Bは、報告書までを作成する業者であって、原告と所得率を異にする旨主張するが、前掲乙第一七号証によれば、原告は、報告書まで作成することもあったことが認められる。そして、所得率の点につき、証人原美夫の証言中には、ボーリングだけをする場合の利益率は、報告書の作成を伴う場合のそれの三分の一程度であるかのような部分があるが、右供述は、井戸掘りのように掘削それ自体を目的としたものと、地質調査を目的としながら報告書の作成を伴わないものとの区別を明確に意識した上でのものとは認められないから、にわかに措信し難く、他に原告主張のように所得率を異にすることを認めるに足りる的確な証拠はない。

(2) 個人と法人の差異等について

Bが法人であり、Aが昭和五五年三月に法人となったことは、前記認定のとおりである。原告は、個人業者であるから、その類似同業者を選定する場合、法人業者より個人業者の方が望ましいが、前記認定のとおり、本件の場合、前記選定基準に基づいて前記各税務署管内において抽出した結果、右基準の全部に該当するのは、A、Bのみであったのであるから、A、Bを類似同業者として用いるのはやむを得ないことであり、法人分の資料については、個人換算を行っていることは前記認定のとおりであるから、法人であるA、Bを類似同業者として選定したことをもって不合理であるとはいえない。

なお、原告は、品川との共同経営であり、収入を同人と分配していたものであって、A、Bとは経営形態を異にすると主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中には右主張に添う部分があるが、前掲甲第一五号証及び証人角田訓次の証言によると、原告は、審査請求に係る審理段階で、品川との共同経営の主張を撤回し、原告及び品川は、右審理において、利益を折半する意味での共同事業ではないと述べていることが認められるのであって、右原告本人尋問の結果は信用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 近接性について

原告が海田税務署、Aが広島西税務署、Bが可部(現在広島北)税務署管内の業者であることは前記のとおりである。原告は、このことをもってA、Bは、原告と近接性を欠き、類似同業者として適切でないと主張するが、下請の試錐業は、前記のとおり作業現場に赴いて現場各調査の作業に従事するものであり、飲食店等のように店舗の立地によって収益が大きく左右される業種ではなく、事務所の所在場所により所得率に大きな影響が生じるものとは認められず、A、Bがいずれも広島市及びその周辺に所在する業者である以上、類似同業者として適切でないものということはできないと考えられる。業種の特性を以上のようなものとした上でなお、原告が、A、Bと場所的要因を異にするために所得率が異なるというのであれば、その点については、原告に主張立証責任があると解されるところ、場所的懸隔が所得率にどのように影響を及ぼすかについては、原告は、何ら主張立証するところがない。

(4) 営業規模について

原告は、原告とA、Bとは、営業規模に差異があるから、類似同業者として適切でないと主張するが、被告が採用した収入金額の倍半で上限下限を画す方法(倍半基準)は、営業規模の類似した同業者を抽出する際の方法としてその合理性が一般に承認されているものであり、A、Bがこれを満たし、さらに、営業の類似性に関する従業員数及び設備についての前記基準に該当するものである以上、営業規模の類似性において欠けるところはないものというべきである。右以上に営業規模の細部にわたって類似性を要求することは、難きを求めるものであるばかりでなく、同業者の平均値による推計の場合には同業者間に通常存する程度の営業規模による差異は、右平均値の中に括象され得るものというべきであるから、原告の右主張は採用しない。

(5) 海上と陸上の場合の利益率の相違について

原告は、原告は海上ボーリングを主として行う業者であり、海上ボーリングは、陸上でのボーリングに比して、用船料がかかる上、天候等に左右されやすく作業効率が悪いので、利益率が低くなるから、陸上でのボーリングを主として行っているA、Bは、類似同業者として適切でないと主張する。

ところで、同業者の平均値による推計は、あくまでも近似値による推計を行うものであるから、納税者の特殊事情については、この近似値としての推計を著しく不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、斟酌することを要しないものであり、その点の主張立証責任は、納税者にあると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前掲乙第一七号証によれば、海上のボーリングは、陸上でのそれに比して軟弱地盤が多いので掘削が容易であること、ポイントごとに機械を解体しなくて済むのでポイント間の移動が容易であることから、効率が良い面もあることが認められる。また、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告の仕事の現場は、陸上も海上もあり、本件各係争年は陸上の方が少し多かったことが認められ、また、地質調査の作業を行う場合、地質調査業者自らできない作業(海上作業の場合の用船、山中の作業の場合の仮道、仮橋、ケーブル敷設工事等)があることは、地質調査業界全体についていえることである。これによれば、用船料支出の点は、原告に特有な特殊事情と認め難いばかりでなく、原告は、単に抽象的に利益率が違うと主張するのみで、個別具体的に主張立証するところがなく、海上作業の点をもって推計を著しく不合理ならしめる程度に顕著な事情であると認めることはできない。

したがって、この点に関する原告の主張は失当である。

(三)  抽出過程の不合理性

原告は、被告は、本件各更正に当たり、当初は、類似同業者としてA、B以外にC業者(以下「C」という。)も選定していたのに、途中で根拠もなく右業者を除外したのは不合理であると主張する。

そこで、案ずるに、証人河野久夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第二二号証及び右証言を総合すれば、本件各更正においては、A、BのほかCが類似同業者として選定されていたが、異議決定においては、A、B二件のみとなり、Cが除かれたこと、Cが除かれたのは、原告が本件各係争年を通じて地質調査業者であるのに対し、Cが主として、昭和五三年及び昭和五四年はさく井工事を、昭和五五年は下水道、ガス工事における管の埋設に伴う遮水若しくは止水のための薬液注入、急斜面の崩壊防止のためのアースアンカ、ビル建築のためのBH工法基礎杭工事を行っており、当該各年を通じての地質調査業の占める割合は、全工事の一〇パーセント程度でしかなく、その業種、業態が原告のそれと異なるものであったためであることが認められるから、Cを除外したことには合理性があり、何ら恣意性は認められない。

次に、原告は、原告の業種は、さく井業であり、さく井業者は、広島近辺に多数存在し、類似同業者をA、Bに限定すべき事情はなく、選定件数が不合理であると主張するが、前記抽出基準のすべてを満たした同業者がA及びBしか存在しなかったことは前記2の(二)に認定したとおりである。同業者の平均値による推計の場合、比較の対象となる類似同業者の数が多い程比率に偶然性が介入しにくくなり、合理性が高くなるものであって、推計の基礎となる同業者の数は、個別性を平均化するに足る件数が得られることが望ましいが、同業者の類似性が認められ、かつ、その同業者の提供する資料が正確なものであれば、他に正確な資料を有する類似同業者が存在しない場合には、本件のように二件のみの類似同業者の平均値による推計もなお許されるものというべきである。

したがって、選定件数が僅少であり、推計が不合理である旨の原告の主張は採用しない。

さらに、原告は、被告は、後年分の更正処分においては、類似同業者として六業者を選定しており、しかもこの中には、A及びBが含まれていないことを理由に、本件各係争年分においても類似同業者は、A、B以外に存在したと主張する。

しかし、類似同業者の抽出基準としては、本件各係争年分における前記抽出基準が合理性の認められる唯一のものであるというわけではないから、後年分において、これと異なる抽出基準により類似同業者が選定された場合、A、Bと異なる業者が選定されることはあり得ることであるし、後年分は、本件各係争年分と四年以上の隔たりがあるから、右時間的経過に伴って類似同業者に変動が生じたとしても、必ずしも不自然ではなく、本件各係争年分に係る類似同業者と後年分に係る類似同業者とが相違することをもって、A、Bの選定が不合理であったものということはできない。

(四)  比準内容の不合理性について

原告は、A、Bの所得率の偏差が著しいから、推計に合理性がないと主張するが、類似同業者の平均値による推計においては、同業者の比率を個別に比較した場合、ある程度の偏差が生ずることはむしろ当然であり、その偏差が平均値による推計を不合理ならしめるほど極端なものでない限り、各比率における個別事情は、平均値の中に捨象され得べきものであって、極端な偏差がない限り同業者比率の内容の合理性が失われることはないというべきである。

A、Bの所得率の差は、AとB間において最大九・六一パーセント(昭和五四年分)、同一業者の年度間において最大一三・七二パーセント(Bの昭和五四年と昭和五五年の間)であるところ、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、試錐業においては、現場の状況、仕事の密度等により所得率が大きく変動することは珍しくないことが認められ、また、証人角田訓次の証言によると、建設関連業者の所得率の変動の一般的傾向からすれば、右の程度の所得率の差異は、格別不自然なものではないことが認められるから、右偏差をもって同業者の平均値による推計を不合理ならしめるほど極端な偏差ということはできない。

よって、この点に関する原告の主張は採用しない。

4  算出所得金額

前記1認定の原告の収入金額に前記2の平均算出所得率を乗じて、原告の算出所得金額を求めると、昭和五三年が六三一万二六七二円、昭和五四年が八八二万七九九八円、昭和五五年が五二七万八九〇九円となる。

5  地代

前掲乙第一号証及び証人角田訓次の証言によれば、原告は、本件各係争年分の地代として、別表九記載の金員を支払ったことが認められる。

6  事業所得の金額

右4の算出所得金額から右5の地代を控除して、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算出すると、昭和五三年分が六一九万四六七二円、昭和五四年分が八六八万五九九八円、昭和五五年分が五一二万二九〇九円となる。

五  本件各更正及び各賦課決定について

そうすると、本件各更正は、原告の本件各係争年分の事業所得の金額の範囲内でなされたものであるから、所得を過大に認定した違法はなく、適法であるというべきである。

また、原告は、本件各係争年分の確定申告に際し、所得金額及び納付すべき税額につき過少申告をしたことになるから、被告が国税通則法六五条一項に基づき、本件各更正により新たに納付すべき税額に一〇〇分の五を乗じた金額(国税通則法一一九条四項により一〇〇円未満の端数は切捨て)の過少申告加算税を賦課した本件各賦課決定も、また適法である。

六  以上によれば、本件処分はすべて適法であって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 蓮井俊治 裁判官山崎宏は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 高升五十雄)

別表一

課税経過表(昭和五三年分)

<省略>

別表二

課税経過表(昭和五四年分)

<省略>

別表三

課税経過表(昭和五五年分)

<省略>

別表四

事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表五 収入金額の明細表

<省略>

別表六 昭和五三年分類似同業者の比率表

<省略>

別表七 昭和五四年分類似同業者の比率表

<省略>

別表八 昭和五五年分類似同業者の比率表

<省略>

別表九 別途控除した地代家賃の明細表

<省略>

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